研究内容
(1) 神経変性・精神疾患の発症機序解明
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、脳内の神経細胞(ニューロン)において、原因となるタンパク 質が凝集体を形成することが、その発症に関わると考えられています。しかし、その分子メカニズムはまだ十分には理解されておらず、治療法も確立されていません。我々は、神経科学や遺伝学、構造生物学などの手法を用いて、タンパク質の異常凝集がニューロンの機能や神経回路の形成と維持に与える影響を解析することで、これらの疾患の発症機序を解明したいと考えています。また最近では、特に、精神疾患や発達障害の病態解明を目指した研究や、これらの研究を行うための新たなプロテオミクス・ゲノミクス技術の開発にも力を入れています(Chen et al., Cell Reports, 2018)。
最近我々は、ハンチントン病において、その原因タンパク質であるハンチンチンと、幅広く精神障害に関わるタンパク質DISC1とが共凝集し、それによってcAMPの分解に関わるフォスフォジエステラーゼ4の活性が異常に亢進してアンヘドニア(無快楽症)の症状をもたらすという、新規な精神障害発現機構を見出しました (Tanaka, Ishizuka, Nekooki et al., J. Clin. Invest., 2017)。さらには、DISC1がmRNAの翻訳に関わる機能をもつことを発見し、前頭側頭葉変性症(FTLD)において、TDP-43とDISC1の共凝集が神経細胞の樹状突起における局所翻訳機能を障害し、社会性の欠如などの精神障害をもたらすことを見出しました(Endo et al., Biol. Psychiatry, 2018)。
(2) プリオンの形成・伝播と種間障壁の分子構造基盤解明
酵母にも哺乳動物のプリオンタンパク質と同様に振る舞うタンパク質が存在し、それらは"酵母プリオン"と呼ばれています。酵母プリオンを用いた我々のプリオン研究は、これまでに、プリオン病をはじめとする神経変性疾患の病態解明に多大な貢献をしてきています (Tanaka et al., Nature, 2004; 2006)。我々は、このようにプリオン病のモデルとして優れた酵母プリオンの系を用いて、構造生物学および遺伝学の手法から、プリオン凝集体の形成と伝播、およびプリオン感染における“種の壁”の分子構造基盤を明らかにしたいと考えています (Tanaka and Komi, Nat. Chem. Biol., 2015)。
我々は酵母プリオンSup35の凝集初期過程を大型放射光施設SPring-8の放射光を用いたX線小角散乱や超高磁場NMRを用いた分光学的な手法で解析しました。その結果、Sup35の凝集初期に形成する非天然相互作用がオリゴマーを生成させ、感染性の高い、脆弱なプリオン凝集体(アミロイド)の構造を導くことを明らかにしました (Ohhashi et al., Nat. Chem. Biol., 2010)。また最近では、天然変性タンパク質であるSup35のモノマー内の隠れた局所構造や揺らぎが、Sup35が凝集する際に生じるアミロイドの構造やその細胞表現型を決定する重要な因子になっていることを見出しました(Ohhashi et al., PNAS, 2018)。
(3) 新規な機能性プリオンおよびタンパク質凝集体の探索と解析
近年、タンパク質の凝集形成は疾患に関わるだけではなく、細胞内で意味のある生理的役割を果たしているのではないかとも考えられています。我々は、プリオンのように細胞質遺伝因子として振る舞うタンパク質や、凝集体を生成することで新たな機能を獲得する機能性タンパク質凝集体の探索とそれらの構造・機能の解析を行っています。これらの研究を通して、細胞を正常に維持する上で必要とされる、タンパク質凝集体の新たな生理機能の発見を目指しています。
我々は、遺伝学的スクリーニングから新規な酵母プリオンタンパク質Mod5 を同定し、Mod5が凝集しプリオン状態を引き起こすことによって、その酵母が抗菌剤に対する抵抗性を獲得することを見出しました。さらに、酵母が Mod5のプリオン変換を利用して、環境ストレスに応答し、自らの生存の維持を図るという、酵母の新たな生存戦略を発見しました (Suzuki et al., Science, 2012)。 また、プリオン様のタンパク質性細胞質遺伝因子[KIL-d]が、酵母に侵入したキラーウイルスのゲノムに新規な変異を導入させてエラーカラストロフィーを誘導し、そのキラーウイルスを不活性化するという、プリオン様因子による新規な抗ウイルス分子機構を見出しました (Suzuki et al., Mol Cell, 2015)。